中村 聖造 自己紹介へ

耳なし芳一のおはなし

公開日:2016/07/23(土) 更新日:2016/09/09(金) 日々のこと【アフターサービス】中村

アフター課のいつも明るくまわりを元気にする 中村です。

夏に読みたいホラー作品

暑い日が、続きますが、涼しい話をします。

日本を愛する外国人が書き留めた妖気に満ちた怪談。

「作品内容」 耳なし芳一のはなし  「作者名」 小泉八雲

壇ノ浦で平家が滅亡して以来、下関海峡では闇夜に鬼火が飛び交い、亡霊が船を沈めようとするなど、様々な怪事件が起きていた。

この地に芳一という盲目の男がいた。

琵琶の弾き語りの才があり、特に源平物語の壇ノ浦の合戦のくだりを吟じれば右に出る者はいなかった。ある夏の夜、貴人(亡霊)が芳一の吟誦を聞きたいと訪ねて来る。

芳一はそれから毎晩ある場所へと連れて行かれ吟じされられた。

そこは安徳天皇の墓前だった。

心配した寺の住職は芳一の体に経文を書き決して声を上げない様、言いつけた。
亡霊がやって来たが芳一の姿は見えない。ただ耳を除いて。
亡霊は宙に浮かぶ二つの耳をもぎとった。

やがて医者の手当てで芳一の傷は癒え「耳なし芳一」の名と共に琵琶の名手として世に広まった

 

<作者解読>

目の弱い八雲がとらえる芳一の鋭い感覚。

小泉八雲は生来弱視の上、十六才で左目の視力を失った。
芳一は生涯失明の恐怖におびえながら執筆活動を行った八雲自身の姿を投影したとも言われている。

 

<原典>

「耳なし芳一のはなし」は一夕散人の「臥遊奇談」(一七八二年)にある「琵琶秘曲泣幽霊」を原典としている。
原典では芳一は「耳なし芳一」ではなく、「耳切れ芳一」と呼ばれている。

 

<小泉八雲>

一八五〇(嘉永三)年~一九〇四(明治三十七)年。本名ラフカディオ・ハーン。
ギリシア生まれ。
米国の雑誌特派員として来日し、その後英語教師に転じて日本に残った。
日本文化に傾倒し、広く世界に紹介した。

どうでした?少しは涼しくなったでしょうか。
次回もお楽しみに

 

<参考文献>

「耳なし芳一のはなし」・・・小泉八雲集(新潮文庫)
「日本・名著のあらすじ精選40冊・・・一校舎国語研究会(永岡書店)

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